強欲(ごうよく)

強欲(ごうよく)

必要以上に欲しがる人のことを強欲(ごうよく)と言います。

ブランド品の服や靴、バッグ、アクセサリーを必要以上に欲しがる。

お金や家を必要以上に欲しがる。

あの芸能人や社長はこうしているのは?と思うかも知れません。

あの人方は必要があるのです。

一つは後進に夢を与える為です。

自分も頑張ったらいつかはあんな風になれるかも・・・と思わせることにより、その世界の魅力を伝える手段となります。
またもう一つは経済の潤滑の為にお金を使う必要があるからです。

ただ意味もなくお金を使っている訳ではありません。

どんなものでもプラス面とマイナス面が在り、そのマイナス面が過ぎると『罪』になります。

『強欲』というと日本昔話の『こぶ取り爺さん』を思い出します。
隣の家の『強欲爺さん』は欲に目が眩み、余計なこぶを付けられてしまいます。
また『舌切り雀』では今度は『強欲婆さん』が欲に目が眩み、大きなつづらを選んだが為に怖い思いをします。

これらはただの物語ではなく、『強欲』の罪深さを表しています。

なぜ『強欲』はいけないのでしょうか?

物が豊かな現代では、あまりピンとこないですが、『強欲』とは『他人のものまで奪う行為』に他ならないからです。

奪うものはお金や品物だけではありません。
その人の時間や思考、場合によっては生き方すら奪いかねないものです。

日本人には元々、『八百万(やおよろず)の神』といって、全てのものに神が宿るという『神道』が生活に根付いていました。
『ものを大切にしなさい』というのは、物にも心が宿るという考えに基づいたものです。
また『勿体無い』という言葉も日本独自のものです。
『頂きます』は命を頂く感謝の言葉であり、『ご馳走様』は作ってくれた人への感謝の言葉です。
また、日本人は農耕民族であり、今でも『手間貸し(てまがし)』といい、近隣の農家へのお手伝いの風習が残っています。

昔は生きる上でも事欠いた環境でしたので、命を守る為の『強奪』や『争い』はそれでも日本にも合ったのでしょうが、現代のような環境の中で育った私達は『強欲』という考えにあまり固執しないのだと思います。

対して西洋人は『侵略』『戦争』の文化でした。そしてそれは今でも続いています。
狩猟民族の人々は、ものを狩って生きることがDNAに根付いているのです。

私たちはそれに気付き、『強欲』に対してさらに思いを馳せることが出来ます。


幼い子供が良くオモチャの取り合いをします。
これは自分が欲しいものを奪う行為です。
取ればものは無くなります。
そして取られた人は心に傷を負います。
この二人のものを永遠に残す方法があります。
それは『お互い相手に譲ること』です。
『譲り合いの心』は日本人の美徳であり、より少ないものを分け合う行為に繋がりました。

もっとお金が欲しい
もっとものが欲しい
もっと権力が欲しい
もっと美しさが欲しい

それ自体の欲は悪いものではありません。

欲は人間を進化してきました。

欲は人間をより豊かな生活に導いてきました。

ただ、それが過ぎるとどうでしょうか?

自然を無くし
資源は枯渇し
そして溢れた豊かさはゴミとなり、更に環境を破壊します。

私はバランスが大切だと思います。

欲に駈られて、周りの人やものや気持ちや価値観や時間を奪ってはいないでしょうか?

分相応という言葉をご存知かと思います。

自分の身の丈に合った生活をするということです。

他人の何かを奪う『欲』は罪になります。

分かりやすいところでは『詐欺行為』が『強欲』です。

価値は『等価交換』が望ましいということです。

お金を含む自分の持ち物と相手の持ち物を交換すること。

気持ちや時間も一緒です。

相手に対して等価を与えることが『強欲』に対する改善方法の第一歩になります。

あなたは周りの環境に対して等価交換されていますか?

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